うさぎと音楽を愛する作曲家 鈴木朝子の手帖へようこそ

兎と暮らす作曲家、鈴木朝子の手帖

私のお勧めしたい美術や音楽などの案内を載せています。個人的なブログなどはリンクよりお進みください。 (ここにある個人写真は許可を得て掲載させていただいております。 ご本人様以外の方は、ここにある写真の無断転載・転用は禁止させていただいております。 ちなみに、リンクはご自由です♪ なお問い合わせののメール等、お名前とご連絡先の書いていない 一方的なメールにはお返事できかねますのでご了承ください)

諸行無常。

ウサギと暮らして20数年。ウサギとの人生になりました。

ミニレッキスのうさ吉が今の相棒です♪

カテゴリ: 自分メモ

最近でこそあまりお伺いしていなかったけれど、作ったコースターなど置いてもらっていたギャラリーバーKajimaさん。

E79A942F-2742-45A4-8F77-15437308F4BA


2月23日で銀座のお店が終わりました。
場所も雰囲気も大好きで、何よりオーナーやNさんが好きでしたのに。


72D9BBC8-BC8B-421C-A635-6398043D6FE1


その昔、やはり画家さんが長年経営していたバーがなくなり!2回ほど銀座内で動いてから閉店。
あのずっとあった場所も!道からひょいと入って、ここ銀座?と思うほどの、隠れ家的画家さんたちの集まる場所で。しかも普段からオーナーの絵が所狭しと飾られて。オーナーの仙太郎さんは、全くの儲け主義とは違い、とても銀座とは思えない値段で、何より芸術の話はもちろんですが、やはりそこは大人たちで、芸術以外の楽しい話が出来て好きだった。
ふらりと寄って、待ち合わせをすることなく、なんとなく集まってきた人といるというあの感じ。

子供の頃、澁澤龍彦やら読んでいて、あのような仲間たちと、「芸術は、自分個人個人でやっておしまい!」と、全く関係なく話せる楽しい人間関係に出会いたいなと思っていた私には、とても居心地いい場所でした。


仙太郎さん何してるかなあ。

諸行無常。そんな心意気を教えてくださったのは、311があった年に、珍しく関内でお酒を飲まない画家さんと初めて帰りにお茶したとき。

言葉を知っていても、それを確実に自分のものとして使われている素敵な画家さんで。

意外と、意識せず発した言葉は、人の心にシャキッとさせるレモンシャーベットのような甘酸っぱい味となって、記憶にずっと残るようなものが多いのです。

私も中学の卒業の時に、ソフトボールの後輩に「先輩の言葉がなければ、あの時辞めていました。ありがとうございました」と言われた時、全く何を言ったか覚えていなかった。

私のストレートな所は、そこで「え?何か言ったっけ?」と声に出して反応しちゃう所。「あ、覚えてなければそれでいいんです。でも本当にありがたかったです」というその子の言葉に救われてから、その後似たようなことを言われても「なんだっけ、、、」と言わないようにしています。

自分にとって大事なことを「忘れました」と言われたら…ね!後輩、ごめんなさいでした。彼女は、それを機にその言葉を忘れたかもしれないけれど、私はその時のことを一生忘れなくなった。面白い事象です。

私は付き合って別れた彼氏は名前は、接点がなければ記憶から消えているという頭脳を持っているので、記憶されていることは、大事なことのようですが、どれもとても些細なこと。おばあちゃまに小さい頃言われたことを守っていて、随分大人になってから母に話しす機会があった時「おばあちゃまに、そんなこと言われていたの?」と、おばあちゃまが、孫を親以上にきちんと躾ていたことに驚いていたり。

もともと私は家族にも、あまりベラベラ話さないので、ずいぶんのちに親が知ることもあって、いつだか怪我して石膏で脚を固められ、松葉杖ついていた時も、後で知って驚いていたという。

でも、私より大人であってくれた素晴らしい後輩に感謝。

72088DC9-B99C-4615-9D7C-6E2B4402C901


ありし時の、ギャラリーバーカジマ。

CIMG9419



CIMG9412




CIMG9409


↑このページのトップヘ