ひょんなことから板倉さんのブログをたまにのぞくようになりました。

19日の記事にかいてある
他国の「良いところだけを見た主張」には、呆れると共に、主張する者の安易さ、不勉強さを感じざるを得ません。」というのには本当に納得します。
彼のブログを読むとごく当たり前のことしか書いていないのですよね。
そして実行すること。


色々思うところがありますが、確かに世の中の例えばブランド人気。
それも「物がいい」からというのではなく、皆が持つ、または安心する(←こんな意見が多かったことに私はびっくり!)などという理由から持つという一種の「真似」は私の想像を超えるもので、確かに人と自分は全く違うのに真似をするというのはちょっと違うのではないかなあ。

私は憧れの人すらもったことがないのです。
?と思うかもしれませんね。
憧れという意味ではないです。
素敵、と思うことはあります。ただ思った時点で「私とは違う人」ということをきちんと理解しているので、その人のようになろうなど思ったことは一度もありません。それに雑誌やいろんなのをみても整形も豊胸も自由な時代。ヘアメイクも照明も写真もプロにされて、CGも発達して「万全」な状態での一番いいところのものに憧れるということは全くありません。この方もあの方も同じ人間ですから。

デビュー当時好きだった島田雅彦氏なんて豊胸を見破れる(たしかに不自然ですものね。ちょっと考えると)と書いてあったのを思い出します。

特にスポーツが好きだった私。みているのは好きではありませんがやるほう。
トップの人をうらやむ人もいますが、私がそう思わないのは過去の経験から来るものでしょう。スポーツといってもバスケやバレーソフトボールなどとチームのものが多かったです。弱いところに入って強くなりそういうところへ引っ張るのは結構簡単なことでした。人の気持ちのまとまりと、無駄を省く(無駄というか一瞬にしていらないものを捨て去るという選択ですけれどね)ポイントをわかりやすく伝えると皆上達が早いのです。しかし競技である以上、一度トップに立つと自分の目指すべきうえは自分たちなので、自分を磨くことが全てになってきます。これは下から来る人たちからのプレッシャーと重なり大変でした。あっちはこうやっているから云々ではきかないのですから。

一人のときは(長距離が得意でしたので)マラソンのときのあの一番上に上がりたくない、二番手でいるのが気楽というあれですよね。ゴール近くにトップに立つならともかく。


最近、血液型の本を見ました。
今でこそ男性と女性の脳の違いというのはわかっていますが、昔はそんなことは知られていなかったように、血液型によって脳の海馬などが違うということがわかってきたのでしょうか???
私は血液型で人を判断するようなそんな簡単なものはないとは思っています。
同じ星座で違うように。同じ環境で育っても兄弟でも違うように。
しかし、どれも(最近占星術のところを掘り下げて見ましたが、なっとくしました)あたりはずれで判断しようとするからおかしくなるのです。
その血液型の本の著書は(立ち読みで30分くらいで読めるような本ですが、名前を忘れました・・)「思考パターン」があるとずっと考えてきたと。
性格判断というからおかしくなるのですよね。
私も同感。血液は実際に体内をめぐっていますので、その「型」が大まかにでもわかれるなら、その型ベースはあるだろうと思いました。
型が全く意味をなさないのならば輸血のときにどの血液でもよさそうですものね。しかも髪の先から爪までしっかり関わっているではないですか。
そしてその本はとても簡潔にかいてありましたが、ありますね思考パターン。

また、それを当てはめるのではなく接するときの一つのものとして参考にするのにはとてもいいと思いました。


そんなことはどうでもいいんだ。

板倉さんの愛犬が癌だと知り・・。
板倉さん、しっかりしてね。ワンちゃんが一番大変で一番頑張っているのですからキラキラ(なぜかここでエールを送る私)

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「がんばってね」

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