うさぎと音楽を愛する作曲家 鈴木朝子の手帖へようこそ

兎と暮らす作曲家、鈴木朝子の手帖

私のお勧めしたい美術や音楽などの案内を載せています。個人的なブログなどはリンクよりお進みください。 (ここにある個人写真は許可を得て掲載させていただいております。 ご本人様以外の方は、ここにある写真の無断転載・転用は禁止させていただいております。 ちなみに、リンクはご自由です♪ なお問い合わせののメール等、お名前とご連絡先の書いていない 一方的なメールにはお返事できかねますのでご了承ください)

諸行無常。

ウサギと暮らして20数年。ウサギとの人生になりました。

ミニレッキスのうさ吉が今の相棒です♪

2014年07月

7月21日から26日まで
ギャラリーソレイユ にて田中晴久・町田昌之2人展が開催されます。

時間は11時から午後の6時半まで。

初日は12時より、最終日は16時まで。

町田さんも本当にマイペースでそして話題豊富な方なので、ふと観に行かれた人もその空気に包まれて。
今回の2人展はいかがでしょう?^^ 

風鈴作家の鈴ちゃんこと、坪井陽子さんが
7月の今、茶房心音にて作品を置いております。
お近くの方もそうでない方も、ぜひぜひ~。
鈴ちゃんと知り合ったのは、金沢ででしたね^^
そのあと、私が住んだところで思わぬことをされていたと楽しい話をしたのを(いつもですけれど)思い出します♪

本当に大好きなおひとり。

11時から17時まで定休日は水曜日。
駐車場はコインパーキングをどうぞとのことです。 

山本じんさんからのお知らせです。



山本裕子作品展

ABC des métiers


ー天使の仕事ー

レプリカ作品集『ABC des métiers ー天使の仕事ー』が同時刊行で、付属カタログには宇野亜喜良さん、山本じんさん・文他収録という魅力的なものに。

期間は7月22日から27日まで。
12時から19時まで、恵比寿にあるギャラリーマレにて。
月曜はお休み、最終日は16時まで。

7

私は今年の半分は、美術の部門では
鉛筆画を日課にしよう。 

しかも半ば…

先月はスカートを10着以上は作りましたが、だからなんなの?の状態です。
気に入っていた生地が安くなっていたとき買ったのが意外と夏っぽくお気に入りのひとつに。



梅雨時は、バッハ万歳!と、それにちなんで、ショスタコーヴィチを中心にピアノで。
自分でも驚いたのがプロコフィエフをこの一ヶ月触っていなかったこと。

ま、そんなものですね?
紫陽花寺も綺麗でした。

もちろんウサギ狙いだったりしますが^^;





北鎌倉はお散歩にさっといけるので、行くつもりがなくても、ふと、『行ってこよ』と電車に乗ったりするので、服がテキトーだったり。


うちのうさおは歳のせいか!よく寝ます。

が、熊五郎LOVE♪

うさおは人参が大好きで、葉っぱのついたものは特に!
買って来たら、可愛い人参さんが。


風鈴屋すずちゃんの風鈴展やいろいろな個展が今週は特に多いです。

皆様ご案内いつもありがとうございます♪

遅れて失礼しております!

先月まとめて行った日の一部。及川伸一展と原大介展。
以前はどちらかというと初日派でしたが、及川さんに『最終日の女』ってふざけて言われて(笑)まあ、体調もあり、最近はそうなってしまう。及川さん、手が大変!なのにがんばっておられます。その『手』からでたものでも、そのとき出ていなかっ作品のほうが、そのときいたメンバーたちで『それ可愛い!』と盛り上がったり(^。^)

原さんのところでは、久しぶりにゆっくり会えたなーと思いながらも、なんと白内障の手術をされて間も無くで、初期とはいえ、びっくり!でもその『もうひとつ』目があって、麻酔をもう一度…みたいな楽しんでしまっている彼を見ると、なぜか『そうそう、楽しまなきゃ!せっかくのチャンス!』と思うのは私だけでしょうか。いや、麻酔の瞬間を見逃したからって(笑)
よく父がピンチはチャンスと言っていたので私の中には思考としてしみついているものですが…。

四谷シモンさんのもみて来ましたが、やはり澁澤時代?のはいいなあと改めて。
名古屋ではデビルマン!(笑)
デビルマンはなぜか例外的に子供の頃は好きだったなあ。しかし、大人になってまで漫画をみようとは思わない。

漫画を子供のものとは決して思わないけれど、昨今のは幼児性を感じる。

夏風邪にはきをつけて、お過ごしくださいね!
私はすつかり夏風邪… 

皆さんが、プロフィールとしてプログラムに書くようなことは書きません。

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作曲家協議会会員、国際芸術連盟会員です。(2014年現在)ほかは、やめております。

作曲については、現代に生きるものとして「自分」としてやるのみで誰の物まねでもありません。
そもそも多くの作曲家がいうように、作曲とは本来習えるものではありません。(こういうと、勉強は!と鼻息荒く言う人がいますが、普通に考えてのことはやってるのが当たり前ですので語りません)

ピアノ作曲などは、転勤族の娘であったためにいろんな人に習いました。名前を失念している方もいます(申し訳ありません)。斎藤登先生は、ショスタコービチとどうやって縁をもったのか、今では聞くすべもありませんが、齋藤先生は指揮者でも作曲家でもあったので、そういうところでショスタコービチと何かしらやり取りをしていたのだと思います。この事実は、この音楽界では何故か殆ど知られておりません。私が斎藤先生の元を離れるときに、先生の作曲した曲にショスタコービチがその曲に関しメッセージを書いたものを写してあるのをいただきました。小さかったので、その作曲家がどんな人かわからずでしたが、今私はロシア音楽が大好きなのを想うと、その時大きくなかったのが残念でなりません。


斎藤先生はピアノ音楽の教育にとても熱心でした。日曜に、ピアノレッスンとは別に、生徒たちが調音のためだけに行きます。三回弾いてくれてそれを書いて先生の元へもっていくというものですが、後々思うと、そのレベルはものすごいものでした。私はその中でしか経験していなかったことなので「普通のこと」だと思っていましたが。NHKのテレビに先生が生徒とともに出演依頼を頼まれましたが、それでは生徒の進み具合が遅くなるといって簡単に断るくらいです。知名度やなにかなんて本当に関係なく、純粋すぎるくらい「音楽の人」でした。子供の頃に習えたのは光栄でした。もちろん、小さいころは、ピアノは厳しかったので、一週間に習う4曲を3回失敗しないで続けて弾かないと終わらないのが毎日の練習でした。が、外では子供の遊ぶ声。もちろん練習が一番でしたから小さいころもあまり同級生とは遊ばなかったです。もちろん楽しく遊んだことはありますが。子供だから、ちょっとずるしようと、そのうちの一曲の2回目を一部間違えても、間違えてないふりをしたら、母がしっかり聞いていて、さっき間違えたのだから、3回連続はやり直しよ!といわれたので、ちょっと機嫌が悪くなって、「お母さん弾いてみたらわかるよ」みたいな口答えをしたら、次のレッスンに先生に「ちくられ」、もう先生に私は怒鳴り散らされました・・・。お母さんに言うとは何事だ!ということと、自分の失敗を言い訳するな!ということと何かでした。
これはまだ小学校あがったか上がらないかの子供には強烈で、とても勉強になったのを覚えています。たまたまその時住んでいたところの隣がお寺で、よく住職さんと二人で、住職さんが履き掃除を終わったくらいの時に色々お話ししていたりしたのですよね・・。子供でもしっかり相手してくださったあの方は今はどうしていらっしゃるのだろう。
仏教は身近にあったのに、今は随分違ってきましたね。

大人になって作曲を習ったのは、今はどんなのをみんな作っているのだろうということから。堀切幹夫先生や黛敏郎さんには、本当にいろんなことを学びました。作曲は、音楽以外のことで学ぶことが本当に多い。人生そのものが哲学であるあれです。

澁澤龍彦さんのお家に若いころひょんと「ピンポーン」してから文学や美術のかたとの楽しい日々など大人が大好きだった私はすっかり大人になりましたが、それでもまだ若さより成熟を好む性格のようです。

私が現代音楽のコンサートに初めて行ったときに聴いた忘れもしない(作曲者は忘れた。そんな程度です)延々5度のヴァイオリン。10分。プログラムには饒舌な解説。幻滅でした。私はこの世界のために、こういう世界に戻りたいと会社を辞めたのか(伊藤忠商事勤務しておりました)。いや、私はこういう世界に足を入れたいんじゃないと。
まあそれからは色々色々。


でも地球においては
「自分の世界を作れたらいい」
どんなジャンルもその一言に尽きると思います。

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